2021年7月、奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島が世界自然遺産に登録されたことを受け、東村は「東村公認ガイド利用推進条例」の制定に踏み出しました。この条例は、エコツアーガイドの資質向上と事業の適正化を目指し、安全で質の高い持続可能な観光体験を提供することを目的としています。具体的には、東村内で活動するガイドの登録・認定制度を導入し、自然環境の保全と地域資源の継承に貢献することを目標としています。条例では、事業者と公認ガイドに対する責務が定められ、村の責務としては、支援策を講じることや公認ガイドの研修実施などが挙げられています。運用は令和4年度に議案提出と採決を経て、令和6年度から本格的に開始されます。この取り組みにより、東村は世界自然遺産地域に相応しいエコツーリズムの推進と、地域の持続可能な発展を目指しています。
東村における公認ガイド利用推進条例の策定は、地域の自然を守りつつ、持続可能な観光を推進するための重要な一歩です。このプロジェクトは、東村観光推進協議会のエコツーリズム部会の役員7名を中心に進められ、私自身も副会長として深く関わってきました。私たちの目的は、地元の自然を尊重し、訪れる人々に忘れがたい体験を提供するための基盤を作ることでした。
世界自然遺産に登録される前から、事業者間には既にローカルルールが存在していました。その中で、世界自然遺産への登録とともに観光客の増加が見込まれることから、県は東村、国頭村、大宜味村の三村において共通のガイドラインを作成する流れがありました。これら3つの村では、ガイドラインの策定に向けて協議を重ねてきましたが、各村の特色や現場の声を一律に合わせることの難しさから、東村独自のガイドラインを策定することになりました。この決定は、現場の実情を最も反映した、実行可能で理解しやすい条例作りに繋がりました。
この条例はあえてハードルを高く設定しました。自分たちのプレッシャーにもなりますが、東村は日本では、初期にエコツーリズムを始めた地域の一つであり、そのプライドのもと、東村のガイドはしっかりとした知識と技術をもっている証になります。これらを通してブランド力を高め、ツアーを安売りせず、適正な価格で提供することで、ガイドの収入の安定と持続可能性を目指しています。
条例作成にあたって、国頭村が先行して条例を策定していたほか、西表島や屋久島、北海道など、日本各地の認定制度を参考にしました。特に地域貢献活動は年間6回以上を必須条件にしています。熱量高くガイドになりたいと思っても、どのようにすれば良いか分からない人たちにとって、事業所で1年以上の研修を受け、その後独立するか、事業所で働くかを選べるように支援も想定したガイドラインになるための明確な指針を示しています。
また、お客様目線で考えると東村が認定したガイドは安全管理やカヤックのスキルなど、確かなバックグラウンドを持っていることが重要です。これにより、お客様に安心感と納得感を提供できるでしょう。
エコツーリズム部会が立ち上がってから約四半世紀が経ち、ガイドの高齢化が進んでいます。現場を担うメンバーの多くが平均年齢40歳以上となっていて20代や30代の若手が育っていないことが課題となっており、この条例が基準となり、今後の取り組みに役立てることができればと考えています。
世界自然遺産「やんばる」のブランドがまだ十分に浸透していない現状があります。沖縄を訪れる人がやんばる国立公園の看板を目にして初めて世界遺産であることを知るケースも少なくありません。特に、国頭村のイメージが強く、東村はPR不足が課題となっています。慶佐次のマングローブのスポットは国立公園での体験型アクティビティとして人気を集めていますが、それだけではありません。秘境ツアーとして福地ダムの湖面をカヤックで渡り、世界自然遺産エリアを独占してトレッキングを楽しむプログラムがあったり、やんばるの森を希少種の密猟や外来動植物などから守る環境モニタリング調査をガイドと一緒に体験する保全体験型ナイトツアーAKISAMIYOなど沖縄の海だけでなく森のイメージも加わり、問い合わせは徐々に増えています。
その他の課題としてプログラムの改良や、訪問者の満足度向上、一部のエリアではオーバーツーリズムに近い状態になっており、これ以上の事業者やガイドの増加は現実的に難しい状況もあります。この条例では、特定の場所に限らず、東村のさまざまなフィールドを活用し、新しいツアーの開発を促進しています。これにより、東村全体を楽しむことができる環境を目指しています。
これからは活動範囲を広げ、やんばるの自然を多角的に体験できる村へと発展させたいと考えています。我々ガイドや地域の人々は、この場所を足がかりに次のステップへと進む準備ができています。
NPO法人東村観光推進協議会 理事兼エコツーリズム部会長の島袋 裕也氏は、このガイドラインを作って行く中で、特に全員が参加できるよう配慮しました。
策定までに約2年の時間がかかりました。その間で事業者間でのコミュニケーションを密に取り、多い時は月に3回の対面会議を行いました。通常、役員会では全員が参加することが難しい場合もありますが、このプロジェクトではできる限り全員が参加できる日を見つけては調整を重ね、年間を通して議論を進めてきました。その過程で、意見の対立や見解の違いがあっても、直接顔を合わせて話し合うことで、互いに理解し合い、折り合いをつけることができました。このようにして、少しずつ、ゆっくりとボトムアップのアプローチで進め、最終的には一つの文書にまとめ上げることができました。現在は、2024年4月からこのガイドラインをスムーズに運用していく段階にあります。チームを組んで、一つ一つの問題をじっくりと解決していくこの作業は、一定の期間をかけてでもメンバーが共に話し合い、「やっていこう」という合意に至ることが大切だと感じています。トップダウンで罰則を設けることも一つの方法ですが、地域全体でルールを共有し、それを守っていくことの重要性を感じています。
私たちは地域を守り、ここでの生活を大切にしています。良いプログラム、良い観光地、良い自然環境を私たちとお客様と共に作り上げていきたいと思っています。お客様はただの傍観者ではなく、一緒にこの場所を楽しむ仲間、メンバーとして接していきたいです。
さまざまな人が気軽に参加できるようなプログラムを提供し、もっと自然について知りたいと思ってもらえるきっかけを作りたいと考えています。例えば、普段は家でスマートフォンやゲームに親しむ子どもたちが、自然の中で新しい発見をし、もっと探求したいと思うような体験を提供したい。その最初のステップを担うことができれば幸いです。ただ楽しむだけでなく、何か新しい気づきや発見があれば、それは訪れた人にとってかけがえのない「お土産」になります。
お客様にとっては、単なる観光の一環かもしれませんが、私たちガイドにとっては、この自然環境を守りながら、感動や喜びを提供することが使命です。さらに体験を通して、お客様のライフスタイルや価値観に少しでも良い変化をもたらすことができればと思います。大げさですが、日常生活に戻った際に地球に優しい行動へと繋がれば、私たちの小さな活動も長い目で見れば大きな意味を持つことになります。環境に優しい考え方を持つ人を増やしていきたいです。
そして東村公認ガイド利用推進条例が成功するためには、お客様の理解と協力が不可欠です。条例を遵守するためには、ガイド一人ひとりや加盟している事業者がコストを負担することになります。このコストは、ガイドの質を維持するために必要であり、結果的に価格に反映される可能性があります。価格だけでなく、提供されるサービスの質や価値を重視するお客様が増えれば、質の高いガイドサービスが評価されるようになると期待しています。ただルールを守るだけでなく、ガイドとしてのプロフェッショナリズムを追求し、訪れる人々に忘れられない体験を提供することが重要です。そのためには、ガイド自身がその地域の自然環境や文化について深い知識を持ち、訪問者に伝えることができる「会いたいガイド」であることが求められると思います。
今後運用して行く中で、認定を受けたガイドとそうでないガイドが存在することになります。お客様はどちらを選んでも自由ですが、認定を受けたガイドは東村の村長から公認されており、「この業者は安全で、エンターテイメント性が高い」という価値を持っています。世界自然遺産としての知名度が上がるにつれて、旅行者が増え、バランスが崩れる可能性があります。ルールに基づき1ガイドが案内できるお客さんに人数制限を設けている事業者がいる一方で、新規事業者がこれを無視して活動を始めることも想定されます。多くのお客様を受け入れる事に重きを置くと、安全面に歪みがきます。安全性は、天候やガイドスキル等があるので、一定の基準を作るのは難しいですが、曖昧なままツアーを提供するのではなく、あえてルールを設けツアーを予約する時の選択肢になればと思います。
事故が発生した場合、認定を持たない事業者であっても、ニュースではこの地域で活動している事業者が事故を起こしたと報じられがちで、結果として地域全体の評判が損なわれる可能性があります。そのため、安全を最優先に考えることが大切ですが、認定を持たない事業者を強制することはできません。このような状況を理解しながらも、常に公平な視点から物事を考え、フラットな立場を保つことが必要です。難しい問題ではありますが、この課題に熱心に取り組むことが、発展につながると信じています。
そして、過去10年で価値観の変化やSDGs教育の普及など、社会全体の意識が変わりつつあることを認識しており、特に質の高いサービスや体験を求める人々が増えていることに注目しています。お客様が価格が高いと感じても、価格を下げるのではなく中身を考えて、提供されるサービスの質が顧客の期待を超えることができれば、満足してもらえると考えています。これは、少ない顧客数でも雇用を維持し、自然環境への影響を最小限に抑える好循環を生み出すことにつながります。
今後のキャリアについて伺ったところ、「地元へ、地域への貢献を自分のできる範囲でやっていきたい。特に観光業界内での体験型の仕事を子供たちにとって目指す価値のある業種にしたいと考えています。」
子供たちの将来の夢に、プロ野球選手や医者と並んで、私たちのような仕事がトップ10に入るくらいになれば。と願っています。現在のような活動を通して地域に貢献し続けることを積極的に行いたいと考えています。3人の子供の父親でもあり子供たちが、「やりたい」と思えるような、危ない、大変だからやめとけと言われる環境ではなく、自分たちの仕事を引き継ぎたいと思ってもらえるような世界を作りたい。と熱く語ってくれました。